いにしえ紀行
                          
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新島襄の箱館55日
神主「澤部琢磨」
「澤部琢磨」みちのく潜行


 

 

  
   北海道のあれこれ 編 

開国を待ちきれずに、箱館から翔いた男がいた  函館55日のカウント・ダウン
                           新島 襄・・・22才

新島襄の脱国に加担した男達

まわる綾な

す糸つぐみ

1人目 武田塾塾頭    長岡藩士 菅沼 精一郎
2人目 ロシア領事館付   修道司祭 ニコライ・カサートキン
3人目 逃亡浪士      箱館神明社 宮司 澤邊 琢磨(たくま)
4人目 アレクサンダー・ポーター商会 通訳  福士 卯之吉(うのきち

箱館戦争を見たくて、海峡を渡った男達

        縁もゆかりもない榎本軍3千人、よろこんだ者は誰もいない。

 澤邊 琢磨(その後) 義経北行伝説「盛街道」を往く
 西郷 頼母

会津藩家老、「奈与竹」の旅

 金成 善右衛門 仙台藩「回天隊」隊長
 松岡 盤吉 榎本艦隊「蟠龍」咆哮す
             1年6ケ月に及ぶ攻防戦は海峡を渡って、戊辰戦争最後のいくさばとなった

 

 

 

 

 

 

 

 

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